スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

彼ノ手ハ命ヲ救ウ

あれ?
この話は書いたかな??

覚えてないな・・・
探す気もないし・・・

ダブってたらすまない。


今日は、杉浦千畝さんについて書こう。

僕は6月8日に感動を覚えた。

社会の時間にて_______________________________

このころの社会は歴史でとても楽しかった。

いつもどうり、普通では無い授業だった。

同じ学校の人だったら分かるだろう?

E田先生といい、S先生といい・・・

まったく、楽しいかぎりだ。


僕らの学年の担当はS先生だ。

電子黒板。ノートはほとんど使わない。
使うときと言えば、先生の不思議な質問の答えを書くときぐらいだ。

不思議な質問と言うのは例えば、
「五歳の子供に、文化を説明しなさい」みたいな。


こういう時にしか使わないのでノートが全然勉強用に使えないのだ。


こんなS先生があるとき、杉浦千畝さんについて語ってくれた。


千畝さんは、どっかの国のお札にのっている偉い人である。

授業みたいになりたくないので適当に話していこう。

千畝さんは、ある国に派遣されていてある国の人を助けるためにはサインをしなければいけなかった。

戦争のせいだった・・・

しかし、日本(?)は認めなかった。

千畝さんは迷いました。

サインをすれば人が助かる。

しかし、自分が危険に。

いや、家族までもが・・・

一晩家族と考えた結果、サインをすることに。

何日も徹夜して、ただただサインを書き続けた・・・


ある日、日本が帰って来いと言った。

千畝さんは逆らえない。

帰るとき、移動しながらも千畝さんはサインを書いた。

電車(?)の窓から乗り出してでも。


千畝さんは日本に帰ってきた。

助けた人は6000人ほどもいた。

これだけの枚数を一人でサインを書き続けたのだ。

とても素晴らしいことであり、お札にのるのも納得だ。


インタビューに千畝さんは答えた。

千畝さんは、
「これだけの人しか救えなかった」
こう、嘆き続けた。


亡くなるときまでこの言葉を言い続けたという・・・・・・・・・・・。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

これはいい話だった!

6000人も救った、ではなく

6000人しか救えなかった
という言い回しにとても感動した!!!

あめ玉★さんへ

本当に感動した!!!

ほんとすごいよな~

僕も名言残したいなぁw
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。